たちばなの歴史

「大和橘」は、日本列島における柑橘類の唯一の固有種である。太平洋岸の暖地に今でもごくわずか自生しており絶滅危惧種に指定されている。古代では食用よりも漢方として珍重され、特に芳香を放つ花や葉が親しまれ万葉集などに数多く詠われている。文様や家紋のデザインにも多く用いられ、近代では文化勲章のデザインに採用されている。
 樹高は2メートルから4メートル、枝は緑色で密に生え、若い幹には棘がある。葉は固く、楕円形で長さ3センチメートルから6センチメートルほどに成長し、濃い緑色で光沢がある。
 果実は滑らかで、直径3センチメートルほど。キシュウミカンやウンシュウミカンに似た外見をしているが、酸味が強く生食用には向かないが、マーマレードなどの加工品にされる。

 また、「大和橘」は、常緑の葉にも注目され、緑色の葉で冬を越す霊力を持つ縁起の良い「常葉」の木として喜ばれ、松や榊などと同じように使われてきた歴史がある。

 古事記、日本書紀には、垂仁天皇が田道間守(タヂマモリ)を常世の国に遣わして「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)・非時香木実(時じくの香の木の実)」と呼ばれる不老不死の力を持った(永遠の命をもたらす)霊薬を持ち帰らせたという話が記されている。

1937年に制定された文化勲章は橘をデザインしている。
当初の意匠案は桜をデザインしたものであったが、昭和天皇が、桜が花も葉も散ることから潔く散る武人の象徴となってきたのに対し、常緑樹の橘はいつ見ても変わらないことから永遠を表すものであり、永遠であるべき文化の勲章としては橘の方が望ましいのではないか、という趣旨の意見を出したためこれが変更となったという。